嫁を迎えるまで淡々と

レーシックで人生詰んだまま40代に突入した記録

アラフォーになったついでに過去の恋愛でも振り返る

( ゚д゚) アラフォーって何歳からだっけ…

タイトルにしてみたもののアラフォーの定義すら曖昧な染井ですこんばんは。

多分35歳以上は全部アラフォーだと思います。45歳でも55歳でもアラフォーです。異論は認める。

まあ、この辺の年齢になると何もおめでたくはないのでサクッとスルーします。勢いで欲しいものリストでも載せようかって乞食根性発動させようかと思いながらも、いま本気で欲しい健康体はどうにも手に入らないし、物欲として欲しいものは買えなきゃそれで…と燃えるものがほんとない。

これが年齢を重ねるってことなんでしょうかねえ。アメニモマケズカゼニモマケズ…な境地に数年後には到達してそうです。

あとは適当記念ということで、過去の恋愛でも走馬灯のごとくネットの海に投げつけて布団にダイブトゥブルーします。

誰も興味なさそうな唐突な恋愛話プレイバック

幼稚園時代

幼稚園のバレンタインイベントにてお手紙20通いっぱいという人生で一番モテた期間。

なお男子からも貰う。カウントしていいのかそれ。理由としては4~6月生まれ特有の背が早く伸び、かけっこで目立っただけと思う。金!権力!学歴!顔面偏差値!なんて微塵もない時代。

しかし、異性に興味はなく近所の公園で遊ぶ日々。

当時のブームは砂場で棒崩しでした。平和。誰それが好きという意識も特に無し。

個人的に覚えてる異性イベントとしては病院の綺麗な看護師のお姉ちゃんに父親がマジ説教されてたこと。銭湯で自分がふざけていたらしく、遊んでいないで風呂に浸かれと持ち上げて入れようとしたら滑って顔 面 か ら 風 呂 床 に パ ワ ー ボ ム。よく生きてましたね俺。

結果、鼻血が止まらない。骨折してないかと病院に連れて行ったら親父がガチ説教食らうって図。父親が説教というのが個人的にショックだったのかもしれない。まあ、ヤンチャらしかったので多分自分が悪ふざけしてたのだと思う。

自分の行動を振り返るに、やはり公共の場でテンションの高い子供は例え自分の子供であっても他人の子のフリが正解な気がする。

小学校時代

転校をして知らない土地へ。

でもひゃっはー!給食だー!関係ねえ!磯野ー!ドッチボールしようぜー!とアホの子のまま育ちすぐに集団に馴染んだ模様。なぜかチヤホヤされる謎時代でした。やはり小学生時代だと足が速いのはモテヒエラルキー頂点だと思う。

色々と異性イベント事はあったけど、割愛。

なんだか上級生に気に入られた気がするが割愛。

いや、だって、特に思い出深いのは5つ年上の従兄弟の姉ちゃんが泊まりに来たとき、風呂に入ったら裸の姉ちゃんがいて「キャッ!エッチ!」からの「…一緒に入る?」っていうなにそのエロ漫画みたいなラッキースケベイベントってやつがあるので。これに勝るものは同級生では起こせなかったわけで。

なお、この後、ふたりとも両親にムチャクチャ怒られた模様。

うん、やはり学校関係ないなこれ。はい、次。

中学校時代

現実に気づき始める。

あれ、俺って一般人じゃね?運動能力も上がいっぱいいねえ?顔もモブキャラじゃね?頭も悪いほうじゃね?

と、若さゆえの無鉄砲さ、万能感が早くも失い始める。まあ学力テストでの全国順位や部活で全国大会に行って地方のボス猿レベルだったことを早めに知ってしまったというのもあります。

ついでに視力も0.5くらいまで落ちて中学三年ではメガネに。これは勉強を頑張ったよりも、ゲームボーイを売り出した任天堂が悪いと思います。おのれ任天堂。

異性関係では告白されたお二人とお付き合いをさせていただいておりました。くるもの拒まずの姿勢。今じゃ近寄っても逃げ出します。切ないね。

映画行ってみたり、買い物に付き合ったりしてみたけど、女子との会話ってつまんねぇ…と即別れ。精通はしていて異性を意識はしていたものの、体を求めるような考えもなかったので刺激が足りなかったんでしょうかね。

高校時代

地方の中堅公立高校に進学。ギリギリ合格。最初の実力テストで後ろから数えて20位くらいでした。(虚無

今でも付き合いのある友人はこの時代の人が多いのだけど、学校イベントの記憶としては薄い。何してたんだっけか高校時代。割と不毛時代なような?

さすがにこのあたりになると自分の立ち位置は把握しており、ストレスの少なそうなグループで青春を謳歌する。いわゆるオタグループ。少し考えてみても漫画とゲームとチョコエッグの記憶しかねえ…

異性関係はお付き合いしていた方1名と細々と。色々と体験と経験はさせて頂いたけども、なんだか途中で自然消滅。別れ言葉は「人として何か欠けてる」でした。酷くない?ねぇ若気の至りとはいえそのセリフの攻撃力メッチャ高くない?

まあ、その後、自分がアラフォーまで独身ということを考えると間違ってはないと思う。さすが自分が見初めた女性。見る目があるな。(無駄にポジティブ

あとはアルバイト先の先輩の彼女に息子を奪われてちょっと面倒くさいことになったことが思い出インマイヘッドの重鎮です。はい。彼氏と喧嘩してやけくそだからってそれはどうなんですかと今でも思う。でも跳ね除けること出来ましたよね?って、はい。ほら、据え膳なんとやらで。

しかし、早い段階で現実を知るのは良いことなのか悪いことなのか。振り返ってもちょっと微妙。二十歳までは若さゆえのチャレンジ精神であれこれ突っ走ってもっと失敗して色々と経験を積んだほうがよかったのだろうねえ。

大学時代

持ち前の不真面目さと頭の悪さで追試のためにアルバイトをしているのでは?な日々。

一応最終的に卒業して資格も取得できたものの、教授いわくギリギリアウトだろうなって成績だったそうです。自分でもそう思う。

お付き合い相手の適当に別れ言葉を並べておきます。

  • 「スポーツクラブと私のどっちが大事なの」
  • 「おうこらぁ!鍵返せや!(注:相手彼氏さん)」
  • 「もう無理」
  • 「私達、遊びだよね?」

なんで俺は全部振られてるんですかね?

まあ、なんというかこの時期は純粋?な異性への興味というよりも、本能的な欲求でダラダラと過ごしていた日々だったと感じます。さすがに雪山は若さゆえの勢いでもう二度と無理と思う。死ぬ死ぬ。リアルに私達…もうゴールしていいよね…?ってなる。なった。

レーシック後遺症時代(アラサー時代)


20代後半からずっとレーシック直後からの吐き気、不眠、動悸、眼痛、頭痛の治療に費やした記憶しかねえ


人生で一番不毛な期間。

目玉を何回切り刻みましたっけね…よくここまで戻しました。お疲れ様です。異性どころか友人全て断っておりました。鬱というよりも痛覚が常時発動していてほっといて欲しかったねん…

終わり:アラフォーだからと奮起する気力無し

アラフォー・クライシス: 「不遇の世代」に迫る危機

アラフォー・クライシス: 「不遇の世代」に迫る危機

というわけでアラフォーになっちまったよ!なご報告と無駄話しでした。

贅肉は付きやすくなったし、生え際も後退してきて、もう若くないなとやっぱり思います。やべぇよやべぇ。

でもまあ、最近の更新を見ればわかるようにゲームしたり、少し明るめの店に行っても吐き気&痛覚&交感神経暴走も収まっているので、それだけで幸せを感じて満足しつつあります。

飯が喉を通る。

ちゃんと寝れる。

これ以上何を求めるってんだ。

孫ぉ…孫ぉ…

何か両親の声が聞こえないこともないですが、アラフォーを迎えていきなり今後の人生の舵取りを切り替えるのも無理だし、喪失期間だったアラサー時代も取り戻せない。

ゆらゆらと川の流れのように流されて生きていこうかと思います。

というわけで、めでたいので自然と最後に貼りますがこの流れなら怒られないよね?ね?

ではではー。