よめたん

嫁を迎えるまで淡々と

自分の代わりはいくらでもいるのに働けるのはただの運

「僕はここに居てもいいんだ!」

世界に亀裂が入りバァァァアアアアン!!

「おめでとう」「おめでと」「おめでとさん」「くあっ!くあっ!!」

これは某新世紀人型決戦兵器アニメの最終回の締めなのですが

「シンジ君はEVAに乗れるという唯一の個性を持ってるのにうだうだと何いってんだ?」

と割と冷めた目で見ていた少年時代を過ごした厨二病患者の染井です。

物語は「シンジくんがEVAに乗れるしか価値がないと思い込んでいる」のが根幹だったのに、頭が残酷な少年の理解力ですまない。思い出よ神話となれ。何がQだよ。新作が来ても色々と忘れて思い出せねえよ。

で、時はめぐるー

自己肯定感ってなんなの?食えるの?

ガムシャラに働いて心身壊す位ならぬるま湯バンザイの精神、働くなら地方でダラダラに限る。と高校時代には言っていた。

それが、レーシックの後遺症でそこそこ人生の歯車が狂い、一時期は神経負担に耐えれず精神科病棟のお世話になるクソイベントがあったにせよ、現在の自分が他に人に比較して突出してできること、アピールできることって贔屓目に見てもないなと。

それほど秀でた能力や技能を有してないと断言できてしまう。

「俺はここにいてよいのだろうか?」

ってルサンチマンするまでもなく俺の代わりなんていくらでもいる。地方ですらいっぱいいる。世の中には自分なんぞより能率、効率、優秀な人が溢れてる。

一応、資格がないと出来ない仕事についてるとはいえ、この狭い界隈ではみなが持ってるのが当たり前であって、その集団で上に上がるためにゃ知識と経験を深めるしかない。にもかかわらず、相応のスキルや実績を社会人生活の間に鍛えたのかといやまったくもってしていない。

ルーチンワークを淡々とこなし、定時に頑張って帰れるようにしているだけ。

そんな日々。

とはいえ、努力したって給与があがる会社でないのでやる気も出ない。もとより低いのにそうなると螺旋落下のモチベーション。

こう書くと会社に不満タラタラに感じる流れだけどそうでもない。むしろこの程度の働きで日々の生活費を頂けて感謝している。いやほんとマジで。転職する気も微塵も起きない。なぜ俺程度の能力でも仕事を与えられてるのだろう。天の采配というより入社したときの運なだけだろう。

さんきゅー神様。

鈍感だと無敵の人になれる

もうある程度会社の立ち位置が分かると今後の総所得や先が見える。

で、軽くこの先やべぇな…って感じるときもある。が。

「まあ、こんなもんだろ」

って思っちゃうのはなんでだろーなんでだろー。

  1. 鈍感なバカに育った
  2. この国は底辺スペックでも見捨てない。
  3. 自分レベルはいくらでもいる=同レベルでも生活できてる

このあたりを感じるからだろうか。諦観というかニヒリズムというか。この先も同じように生きれるとは限らないのに。

そう、消費税10%にあげて日本市場も外資勢が逃げ始めていて、日経平均を支えてるのは日銀だけになりつつあって経済成長も期待できない我が国日本。

それなのに能力も容姿も話術もコミュ力も決して優れてるとは言えず、健康という武器も現在は失って決して華やかで楽しい人生が待ってるとはとてもじゃないが思えない。

むしろつまんねーが加速する予感がひしひし。いるのこの先の日本が楽園だと指摘する人?

せめてほんと健康面だけでもアップデートというか元に戻って眼球周りの締め付けだけでも緩和してくれねえかなって毎日は思ってるが、もうこのレーシック以降の後遺症は治らんだろう。

けどさ、じゃーさ、どうなのよ?みなさんの人生?

って観察するとさ、個々の人生攻略ステータスが高かろうと低かろうと=幸せとは限らないように見えるわけで。

まあ、他人と比較するでなく自分が今幸せと感じてるかどうかが大事なんで深く掘り下げしないけど。

日本に生まれたことは幸運

今後の発展はなかろうが、日本に生まれただけで感謝すべきなんだろうなあと最近は思う。

ライフラインでみたら自分程度の能力でも水道を捻れば飲める水が出るし、無茶しなければ毎日3食の食事にありつける。エアコンつけたら夏も冬も梅雨も快適に過ごせていて、上下水道のインフラは完備されていて衛生面も問題ない。

これ以上の快適さを求めるのも贅沢なんじゃねえかなあって。なんとなくだけど。人生60年の時代から見りゃ十分恵まれた時代なんじゃねえって。比較対象がその時代かよ。